2014年06月12日

雨時々止む

今日の下野新聞に載った天気予報は「雨時々止む」。最近たまに見かけるこの予報、他に解釈しようのない判りやすい表現なのだけれど、馴染みがない。昔からこんな予報あったのかな?
似たようなもので「雨時々曇り」がありそうなのだが、実はない。「曇り時々雨」と紛らわしいためだという。これは以前何かの折に聞いたか読んだかで知っていた。<7/4追記 NHKラジオの天気予報を聞いていたら「雨時々曇り」と言っていた。あるじゃん。>

というわけで、気象庁の天気相談所に電話してみた。
電話に出て下さった方はヤマシタさん。話をしてみるとヤマシタさんはどうやら予報の用語にはあまり詳しくないようで、電話口では答えてもらえなかった。ただ、お話ししていて判ったことが一つ。予報の表現は「予報文」というそうだ。で、ヤマシタさん、「雨時々止む」に関してなんとわざわざ調べて下さるということなので質問事項を整理して伝え、時間を置いてかけ直すことになった。
質問事項は

1.「雨時々止む」という予報文はいつから使われ始めたのか?
2.「時々止む」は雨以外にも使われているのか?
3.仮に「雨時々止む」という予報文が比較的最近になって使われ始めたとした場合、それ以前は同様の天気を表現する場合どのような予報文だったのか?

の3点。

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posted by すぱ九郎 at 15:48| Comment(0) | コラム

「土用の丑の日」はもうやめよう

オレの好物はいくつかあるが、中でも大好物は蕎麦切りとウナギの蒲焼き。死ぬ直前に食べたいのはこのうちのどちらか、いや両方。このうち蕎麦は良いとして問題はウナギである。日本で食べられているウナギのほとんどはニホンウナギなのだが、これがとうとう絶滅危惧種のリストに入ってしまった。天然物がなくなっても養殖物があるじゃないかというアナタ、それは間違い。ウナギは「完全養殖」がまだできない。完全養殖というのは養殖している親から卵を取り、その卵をふ化させ親に育て、その親から卵を取り…というループが確立できていること。これがまだできないウナギは稚魚を海から、要は天然物の稚魚を捕ってきてそれを生け簀に放して育てているだけなのだ。ちなみにそのウナギの稚魚のことを「シラスウナギ」という。
去年まで数年間はシラスウナギが不漁だったので価格が上がってしまった。ところが今年は好転したという話を聞いていたので、少しは安くなってくれるかなと思っていた矢先のリスト入りニュースだ。これではオレが死ぬ頃には(自然死の場合)ウナギは食べられなくなっているかも知れない。

一方、土用の丑の日である。おなじみのウナギを食べる日。江戸時代に平賀源内が知り合いのうなぎ屋から、夏場に売れなくなるウナギを売る方法を相談されて考えたというのが通説だ。今ではこの日になると日本中よってたかってウナギを食べる。この日だけで年間ウナギ消費量の何割食べてしまうのだろうか?

ちゃんと考えよう。
養殖業者は土用の丑の日直前に出荷量がピークになるように調整するだろう。だがこの日のためだけに養殖場を大きくするわけにも行かず限界がある。当然の帰着として輸入物に頼ることになる。その外国の養殖業者だって作った養殖設備を年間たった1日のためだけに使うわけにはいかなくなり年間を通して出荷しようとする。その結果、外国(特に中国)とのシラスウナギの取り合い→乱獲→漁獲量減少→絶滅危惧種リスト入り。
仮に日本がシラスウナギの漁獲量制限をしても中国は絶対にそんなことはしない。日本で消費される限り、たとえ絶滅しようがお構いなしに捕り続ける。

シラスウナギの漁獲量減少の原因は何も乱獲だけではないというが、乱獲を止めちゃんと計画を立てて漁をすれば減少は防げるはず。乱獲を止めるには日本国内での「乱食」を止めればいいのだ。その「乱食」の最たるものが土用の丑の日。もう土用の丑の日にウナギを食べるのは止めよう。土用の丑の日の悪習がなくなればウナギの消費量は年間を通してフラットになり、養殖業者は1年でたった1日か2日のピークに合わせる必要がなくなる。そうすれば輸入に頼る比率も大幅に減る。売れなくなれば中国だってシラスウナギを捕らなくなる。
そもそもウナギの旬は冬なんですよ。だから売れない夏に売る方便として土用の丑の日を考えた。真夏にウナギというのはコマーシャリズムに踊らされているだけなんだ。
posted by すぱ九郎 at 13:07| Comment(0) | コラム